インタビュー「マルファン症候群について」
京都大学循環器病態学講座 青山武先生に聞く
「マルファン症候群について」


青山 武 先生
京都大学循環病態学助手(現在は関西電力病院循環器内科部長)
1990年〜1993年、アメリカ、スタンフォード大学で マルファン症候群の遺伝子診断、病態解析。

聞き手:学芸部新聞記者
2002年5月31日
記録:MNJ

敬称略


記者: マルファンとはどのような原因で起るのですか?

青山: 世界的にどこの国でも、5000人から10000人に一人の割合で起ると言われています。常染色体性優性遺伝なので、父親、母親、どちらかのマルファン遺伝子を受け継ぐことになり、子どもに遺伝する確率は50%です。このように両親のどちらかからマルファン遺伝子を受け継いだ方は、全マルファン人口の60%です。残りの40%は、本人に遺伝子変異が起ったケースです。この場合も、その方の子どもがマルファンになる確率は50%です。

両方の親からひとつづつFibrillin遺伝子を受け継ぐため、子どもにマルファンが遺伝する確率は50%となる。(下図)

 

記者:突然変異が起るのを防ぐ方法はありますか?

青山:残念ながらありません。
マルファンの原因は、結合組織にあるフィブリリン蛋白の遺伝子の変異です。フィブリリン 遺伝子に変異があり、正常なたんぱく質ができなくなり、異常なたんぱく質ができるようになります。すると正常な弾性繊維ができなくなり、そのため皮膚や血管の壁の弾性が変わってくるのです。そして身長が高くなったり、動脈瘤ができたりします。

記者: 「変異」とは何ですか?

青山: 遺伝子を構成する4つの塩基、A C T G の順序が替わったり、そっくり抜け落ちたりします。私たち誰もが少しずつ異なった遺伝子を持っています。顔や体つきなど違いが出るのもそのためです。また、大昔は食料が少なかったので、農耕民族であった日本人には飢餓に強い遺伝子を持った人が多い。ところが現代の飽食の時代になると、その遺伝子を持っているために逆に糖尿病になりやすくなる。このように遺伝子のわずかの差が病気の発症に関係します。

記者:マルファンの診断について教えて下さい。

青山:マルファンの遺伝子診断はまだ確実に出来るようになっていません。というのも、どの人でも同じ変異が原因で引き起こされる病気もありますが、マルファンの場合、それぞれの家系によって遺伝子の変異の仕方が違うためです。また、マルファンの人、全てに必ず現れる症状もありません。だから診断は難しいのです。その問題を克服するために、マルファンの診断基準が世界的に作られています。1988年に世界の診断基準が定められました。
1990年になって、フィブリリン遺伝子異常がマルファンの原因だという発見がありました。そこで、1996年に遺伝子診断も取り入れた新たな診断基準が取り決められたわけです。その診断基準には、骨格、目、心臓、肺、皮膚、硬膜の項目があります。これらをいくつ満たすかで、マルファンかそうでないか、決めるのです。この診断基準からマルファンだと確定診断できる人たちを、円で囲みます。

 この診断基準でマルファンと診断される方は、かなり症状の典型的な方と言えます。この円の中心には、重度のマルファンで、産まれてからすぐに亡くなってしまう新生児型マルファン症候群があります。このマルファンと診断された方々の円の外側を囲む、さらに大きな円があり、その人たちは1996年の診断基準では、マルファンと確定はできないけれども フィブリリンに異常がある人たちです。フィブリリン遺伝子に軽度の異常があり、生活習慣などにより大動脈瘤を起こすかもしれない人もいると考えられています。このような、マルファンと確定診断されていないけれども、疑いのある人たちも、一年に一度の心エコー検査をして、大動脈基部の変化を観察するべきです。


記者:新聞の記事にする場合、「こういう人はマルファンかもしれないから気をつけてください」と言うふうに書けますか。

青山:60%の家族性マルファンの人の家族は、病院に行って検査を受けたほうが良いですね。残りの約40%の家族歴のないマルファン症例を見つけるのが難しいです。マルファンでも、必ず全ての症状を表すわけではありません。背の高い人は病院へ行きなさいと言って、大勢殺到しても困ります。マルファンと同じような体形でも、マルファンではない方もいらっしゃいますし、それ程背の高くないマルファンの方、太った方もいらっしゃり、外見だけで判断するのは難しいでしょうね。
最近、新たに言われてきたことですが、硬膜を診ればマルファンかどうか診断の役に立ちます。硬膜とは、脳や脊髄を包む膜です。マルファンの場合、この膜も拡張していることが分かりました。硬膜は大動脈よりも早い時期から拡張しはじめることが多いので、これをCTあるいはMRI検査をして、拡張していたらマルファンの可能性が高くなります。あとは、水晶体偏位、自然気胸があるか、などですね。

仮にマルファンが遺伝子診断ができたとしても、それで将来起る症状までは予測できませんから、やはり基本は、過激な運動を避けるなど生活の改善と、定期検診、予防的手術が大事です。
MNJのアンケート結果からも、最初に眼科や整形外科でマルファンと診断されて、その後循環器科に紹介された人が、わずか半数くらいだと出ていますよね。記事にする時、眼科医、整形外科医に対して、マルファンの疑いのある人が来たら、循環器に回してもらうように訴えることです。
(診断基準については青山先生の論文 Cardiovascular Med-Surg Vol.2 No4 2000.11 を参照。論文の要約はこちら)原著:Am.T.Med.Genet.1996,62:417.26

記者:遺伝子治療でマルファンが治療できるようになりますか?

青山:一組のフィブリリン遺伝子のうち、変異のある一方を破壊して、正常な側にのみ、たんぱく質を作らせる方法があります。この実験は細胞レベルの動物実験段階ですので、まだまだ人体には適応できないでしょう。

記者:何年くらい先になるのでしょう?

青山:まだまだ先の話でしょう。

記者:循環器系の治療について教えて下さい。

青山:マルファンは外科的手術によって、予後は非常に良くなります。1960年代には手術が出来なかったので平均死亡年齢は30歳代でした。アメリカでは1980年代から、待機的な手術の成功率が非常に良くなってきていますので、現在、生命予後はかなり改善されています。
手術が出来なかった時代には、マルファンで亡くなる方の8割が、大動脈解離、あるいは大動脈弁閉鎖不全、僧帽弁閉鎖不全による心不全でした。 ということは、手術でこういう状況になるのを予防すれば予後は良くなるわけです。アメリカでは1966年にベントール術ができるようになりました。これは大動脈基部と弁を同時に変換する手術です。日本では1980年代から成績が良くなってきています。

記者:どの時期に手術するのが良いんですか?

血管が裂けてから緊急手術するのと、待機的に手術するのでは、成功率が全く違います。検査を定期的に受けていき、必要な時期が来たら、予防的に手術するということが必要です。

記者:循環器の検査とはどんな種類の検査ですか?

青山:正面から撮影するレントゲンでは大動脈基部の拡張は見つける事が出来ません。ですから検査は心臓エコーが必要です。あとはCTなどでも良いと思います

記者:降圧剤は、予防的に服用するべきですか?

青山:わたしのマルファンの患者さんには勧めています。ただしベータブロッカーを飲めば大動脈が拡張しない、という訳ではありません。拡張するスピードを遅くする事ができるのです。ベータブロッカーで副作用が強い人にはカルシウム拮抗薬も効果があるという研究結果もでていますので、そちらを試してもいいでしょう。あまり副作用が強くてQOL(クオリティオブライフ、生活の質)が下がってしまうようなら、無理に飲む必要はないと、私は思います。

記者:アメリカも日本もマルファン人口は同じはずですよね。それなのにどうして、アメリカではマルファンと自覚している人が大勢いて、医師もマルファンを認識しているのですか? そして日本の医師はマルファンについて知らないのですか?この日本とアメリカのマルファンをとりまく現状の違いは、どこからくるのですか?

青山:アメリカのマルファン財団 (National Marfan Foundation) の力が大きいでしょう。彼らはマルファンの啓蒙活動を担っています。1990年のフィブリリン遺伝子がマルファンの原因だという発見の時も、この財団が大きな役割を果たしていました。
あとは、遺伝子疾患についてのアメリカ人と日本人の倫理観の違いもあるのでしょう。日本人は遺伝子疾患を隠したがる傾向がありますけど、アメリカでは患者が団結してアピールしています。

記者:アメリカのマルファンクリニックとは、どんなシステムですか?

青山:内科の遺伝学科で、遺伝学専門の医師が1時間一人くらいのペースで全身的な症状を診察し、その後、眼科、整形外科、循環器科などの各診療科を受診させます。

記者:先生がマルファン症候群の研究をしようと思われた理由は何ですか?

青山:わたしは フィブリリン遺伝子の研究がしたかったのです。スタンフォード大学では、Furthmayr教授のもとで研究していました。教授はフィブリリン蛋白の研究をしていて、奥様もマルファンクリニックの遺伝学講座の教授だったのです。わたしは循環器が専門ですから、フィブリリン遺伝子の変異が原因で起こるマルファン症候群は、ちょうど研究するのに良いテーマだったのです。この教授夫妻の元で、マルファンの臨床と研究を学ぶ事が出来て幸運でした。

青山先生1時間半にも渡って、取材に応じて下さり、どうもありがとうございました。