マルファン ネットワーク ジャパン
知らないと恐いマルファン症候群  

4.選手の心理

 死亡事故寸前で助かったことに関して,下地君は,複雑な心理状況を,慎重に言葉を選びながらコメントしてくれました.

 大学病院救急部で手術の説明を受けたとき,「バスケットボールを続けて死んだほうがましだ」と思ったそうです.この助かった下地君が,そう話す言葉に,我々医療関係者は動揺せずにはいられません.やはりバスケットボールをやめることは,選手にとっては人間としての死も同然であるのです.当たり前に聞こえるかもしれませんが,本当に命を賭けてバスケットボールをしている選手がいるのだということを,今 更ながら思い知らされました.やはり,引退勧告は慎重に行うべきです.

 以前,高校生のバスケットボール選手でマルファン症候群がみつかり,両親も交えて引退勧告をしたところ,本人も両親もコートの上で死ぬならば本望であると,引退勧告を受け入れずにバスケットボールを続けた例があります.しばらくして,練習中に大動脈瘤破裂を起こし,彼は死亡しました.医療関係者としてはやりどころのない 怒りと無力さを痛感しましたが,このことも医療関係者のマスターベーションであったのかもしれません.わたしは,死んで幸せなはずがないと思っていました.しかし ,この件を下地君を聞いてみたところ,自分の決めたことだから,それでいいと思うというのです.それ以上は,話してくれませんでしたが,わたしにしてみれば,やはりショックでした.下地君は,高校生の気持ちが手に取るように分かったのでしょう .考えさせられます.しかし,やはり我々医療関係者は,防ぐことが出来る事故は防 ぐのだという強い意志をもって今後も対処していくことに変りはありません.

 緊急手術で一命をとりとめた下地君は,つぎのように続けてくれました.「手術を 受けてよかったと思っている」と.「助かったことで,自分の命だけの問題ではないことに気づいた」と言ってくれました.家族やバスケットボール関係者,大学関係者 等々,周りの人たちのことを考えるゆとりが出来たのでしょう.

 下地君を知っている人たちは,かれが手術後1カ月で明るいもとの彼の戻った,立ち直ったといっているようですが,かれは,マルファン症候群であることを一時も忘れることが出来ないし,術後1年経った今でもいまだに生きていてよかったと,簡単に考えを切り替えることは,正直なところ難しいことだと言っていました.自分一人のことを考えれば,死んだほうがよかった,自分を支えてきてくれた人たちの事を考えると,死を選択してはいけないのだと理屈で思えるようになったということでしょ う.今でもバスケットボールの試合を観ていると,プレイしたくなるようですが,やっと我慢できるようになったと笑う下地君が大きく見えました.

 下地君は,自分の名前を出すことに抵抗はないといいます.むしろ,こうやって助かったことで,同じ病気の人たちを一人でも救うことが出来ればと言ってくれています.

 プライバシーにかかわることであるにもかかわらず,一人でも多くの人を救うためにと,色々と答えにくい質問にも誠実に答え,協力を惜しまない彼に,真のスポーツマンシップを感じました.本当にありがとう.

 スポーツ愛好家を含め,スポーツをやる人に向けた下地君のコメントを紹介して今月号は終わります.

 「本当にスポーツを好きな人は,自分のからだを大切にして欲しい.基本的なことをしっかりしてこそいい選手であると思う.時間とお金のかかることだが,必要な検査を率先して受けて欲しい.今回のことで医者嫌いの自分であったが,医者を信じようと思えた.」

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