マルファン ネットワーク ジャパン
知らないと恐いマルファン症候群  

2.マルファン症候群が疑われたとき

 メディカルチェックでマルファン症候群が疑われたときには,必ず心臓専門医による診察を受けます.このとき,できればスポーツ医をさがして受診することをお勧め します.スポーツ専門医と一般医の違いについて御説明します.まず,診断能力という点では両者に大きい差があるわけではありません.典型的な症例では全く差がないといっていいのですが,スポーツ選手で疑わしい症例についての判断は,やはりスポ ーツ専門医の方が迅速で的確であるということが言えます.さらに,最も大きな違いはマルファン症候群と診断した後の対処の仕方です.スポーツ選手を診ているスポー ツ専門医は,その患者が,患者である前にスポーツ選手であることを理解しています .すなわち,スポーツ選手にとってスポーツをあきらめさせられるということが,死の宣告を受けることと同じであることを理解しています.また,そういうケースをたくさん経験しているので,今後どうすればいいのか,どう考えればいいのか等のアドバイスも的確に与えてくれます.

 最も困るのは,患者の背景を全く考えずに「マルファン症候群です.このままスポーツを続けると死ぬ危険があるから,すぐにスポーツをやめなさい」とだけ説明されることです.大学生のスポーツ選手の中には,スポーツ推薦で大学に入学してきた選手もいます.そうでなくても,スポーツ以外に打ち込むものが無いというタイプの選 手も多くいます.これらの選手に,スポーツを直ちにやめるように勧めるだけではいけないことは明かです.

 スポーツ専門医は,選手にいつ言うべきか,どのように伝えるのか,家族にはどう説明するか,所属チームの監督,コーチにどのように説明するのか等々に悩みます. いつかは宣告しなければいけないことではありますが,傷つけないように,動転しないように,じっくりじっくり考えてから宣告します.

 われわれの場合は,心エコー等の検査でマルファン症候群の可能性が高まった時には,確定診断は決して言わないようにしています.必ず後日,家族や所属チームの監督,コーチも含めて選手を呼びだし,診断と病気の内容を告げるようにしています. こうすることによって,宣告する医師側も準備をします.選手の背景や,家族の状況 ,チーム内における立場,等々,収集できる情報はすべて収集する努力をします.そ して,選手にとって最もいい形は何であるのかを模索していくのです. メディカルチェック時に心エコーを行い,解離性大動脈瘤を発見したトップアスリーがいました .大学生でした.彼は,バスケットボール選手としてはかなり優秀で,大学もバスケ ットボール選手として推薦され入学していました.いつものように,直ちにスポーツをやめるように等の指示は出さずに,「君の心臓には少し問題があるようだ.日を改めて,御両親やチームの監督,コーチを含めてゆっくり相談しよう.詳しくはその時 に説明する」とだけいって,その日は帰しました.チームを管理する立場にはなく, むしろ,ある代表チームのメディカルチェックだったので,その後のフォローアップの予約を彼がすっぽかしたことに気が付かずに数年が過ぎました.本来,その代表チームにメディカルチェックの結果をお返ししているのですから,そのチームドクターや管理する医師チームがその後の管理を行うのが筋でしたが,これも放置していまし た.何のためのメディカルチェックだったのかと反省させられます.幸い,彼は胸痛という自覚症状が出たときに,検査の時にいわれた一言「君の心臓には少し問題があるかもしれない」を思い出し,直ちに救急車を呼び,大学病院に搬送してもらいました.大学病院での診断は,解離性大動脈瘤破裂寸前でした.直ちに緊急手術が行われ ,彼は一命を取り留めました.このエピソードには,医師としての反省と,患者への対応の難しさを教えられたと思っています.代表チームの管理体制はもっと厳しくするべきでしょう.メディカルチェックをやりました,では済まされないことを肝に銘 じるべきです.また,検査を依頼された側も,その結果が危険な選手という結果だっ た以上,その後どうなったのかは責任もって調査するべきだったといえます.

 こんな例もありました.高校生でしたが,マルファン症候群であることを家族と一 緒にその説明を受けに来た際に,死んでもいいからスポーツを続けるというのです. 家族も本人の思う通りにさせたいというのです.日本では,すべての最終的判断は患者任せ,すなわち,責任は患者本人が負うという伝統があるのです.ここに問題があると思いますが,この伝統は急には変えることは出来ません.彼は,われわれの反対を押し切って,バスケットボールをプレイし続けました.そしてある日,解離性大動脈瘤破裂で死亡しました.このことを知った日,無念さは今でも忘れられません.彼は本当にそれで幸せだったのだろうかと今でも疑問です.

 現役時代にマルファン症候群とわかっていながら,プレーを続け,幸い引退するまで問題なかった症例もみられます.しかしこれは幸運な例であって,このことをスポ ーツ続行の判断に使ってはならないと思います.たまたま解離性大動脈瘤が現役中に破裂しなかっただけなのです.

 次回以後は,マルファン症候群に限らず,スポーツの現場で必要な救急処置について解説していきたいと思います.

( 2 / 2 )
一つ前へ 



知らないと恐いマルファン症候群 > 第五回(2)