マルファン ネットワーク ジャパン
高齢のマルファン患者さんへのアドバイス

 最近、私は63歳の男性マルファン症患者さんとその妻の来訪を受け、彼の将来について話し合う機会を持ちました。彼は50歳のとき大動脈置換(an aortic root replacement)を行ないましたが、その他にどのような病気が起ころうとしているのか知りたいとのことでした。より重要なことは、どのようにしたら彼の健康を維持できるかという点です。

 このことは、注意深い経過観察ならびに早期発見と外科手術技術の向上の結果、この種の相談がより頻繁になっていることを実感させるうれしい出来事でした。アメリカや世界各地での手術後の経過観察の結果、緊急を要しない大動脈置換が患者の生産的生活を15年から20年増やすことの一助となっていることを示しています。彼等・彼女等のこの時期における関心事は何なのでしょうか?

 まず最初に、マルファン患者さんであるという理由で彼や彼女が加齢による(生活習慣病を含む)一般的な病気から免れるわけではないことを指摘しなければなりません。全てをマルファンの所為にすべきではありません。他の一般患者さんと同様の注意で加齢による問題に取り組むことは大事なことです。例えば、ある55歳の患者さんは腹部の痛み(abdominal pain)と膨張(distension)および不規則な便意、排便(irregular bowel habits)についての不満を訴えていました。彼は、過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome)によるものだと考えていましたが、8ヶ月後、腸のレントゲンの結果、大腸癌であることが判明しました。幸運にもこれは局部的なもので、手術によって成功裏に除去されました。過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome)はマルファン患者さんの20パーセントに発生するものと考えられます。原因は判明していませんが、多分、やせすぎや腸壁の刺激に対する正常な感受性の欠如によるものでしょう。これは、しばしば結合組織が薄くなる中年期に最初に現れます。あるいは、若年期にそれが現れた患者さんの場合には、中年期により顕著になります。理解のあるアレルギー専門医に相談したり、栄養士のアドバイスによって最も刺激の原因となりやすい食べ物や飲み物を避けることで問題を軽減することが出来ます。特定の食べ物は食卓から外されねばならないですし、薬は腸炎(bowel irritability)を軽減し、菌腫(fungal)の増殖化抑制に効果があるでしょう。

 フィブリリン(細小線維: fibrillin)、コラーゲン(膠原線維:collagen)、エラスティン(弾性線維:elastin){医学用語では何故か「繊維」は「線維」と表記します}は皮膚の非常に重要な構成要素で、加齢により線維維持質生産機能は低下し皮膚は菲薄化し、創傷治癒を困難にします。皮膚の損傷や感染を避けるため特別な注意が必要です。静脈瘤の血管手術(varicose veins operation)は成人初期段階では安全に行なわれますが、下手な治療は潰瘍を起こし易いので長く放置されるべきではありません。同様に、ヘルニア(hernia)手術、膝関節半月板(knee meniscus)障害や椎間板ヘルニア(slipped disk)も放置されるべきではありません。外科医は傷口の治癒に問題があることを常に注意しなければならず、二重縫いが行なわれ、抜糸までの時間を通常より長くとる必要があります。

 晩年には関節痛(joint pains)がより深刻な問題となり、一般患者さんにも使われる非ステロイド系の抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory medication)によって対処されるでしょう。小さな割合(およそ8%)のマルファン患者さんには骨関節炎(osteoarthritis)の初期の兆候が発現します。これは遺伝性です。このような患者さんの場合、早い時期から関節についての十分な配慮がなされるべきであり、陸上長距離のスポーツや体育教師のような職業は関節を酷使するので避けるべきです。

 食事(the diet)は、 結合組織線維(connective tissue fibre)生産に寄与するビタミンCとB6を多く摂取すべきです。これらのビタミンは柑橘類の果物{ビタミンC}や緑黄色野菜に多く含まれています。若くスリムなマルファン患者さんはどんなに好きなものを食べても体重が増加しない傾向にあります。残念ながら、中年になると中年太りと呼ばれ、腰と下腹部周辺にぜい肉がつく傾向にあります。よって、食事は40代には新陳代謝の構造に変化があることを予期した上で変更されねばならないでしょう。ぜい肉は勿論、関節と心臓に悪いです。高血圧も一般の人々と同様に現れ健康に保つことが大事で、標準の範囲内に保ち続けるべきです。

 子ども時代の頻繁な扁桃腺(tonsil)と扁桃腺炎(adenoid infection)は聴力(hearing)の減退を招きます。{幼少期の扁桃腺炎による高熱は難聴の原因になります。}そして、マルファン患者さんには感音性難聴(sensori-neural hearing loss){難聴には他に伝音性難聴と言われるものがあります}の発生率が若干高いと思われます。それはたいてい片方の耳により大きな影響を及ぼします。繰り返しになりますが、年とともに軽度の難聴が進みます。よって、聴覚テストが行なわれ、最良の聴覚補助器具が利用されるべきです。

 年をとると近視の人の遠方視力(eyesight)が改善されます。これは、年とともに眼球の形が変化するためです。水晶体脱臼 (lens dislocation)のピーク年齢は誕生時、5-6歳時、そして11歳時です。もし水晶体がこれらの時期に脱臼しなければ、まず脱臼は起こらないでしょう。非常に時折、晩年に亜脱臼が起こることがあります(例えば40代や50代)。視力のいかなる変化も医師に報告すべきで「歳のせい」にすべきではありません。稀に遺伝的に、格子変性(lattice degeneration){網膜が弱く薄くなっている所}や網膜裂孔(retinal tears){網膜剥離の原因になる網膜の穴}が将来起こることがあります。眼科医への毎年の検診は、これらを手遅れにならないように見つけ出し、網膜剥離(retinal detachment)を予防するレーザー治療(laser therapy)を施すことが出来ます{レーザーで落ち着く人は多くはありませんが、そうでなくても入院手術で多くの方が一回の手術で退院しています。詳細は近くの眼科に御問い合わせ下さい。施設によりかなり違います}。緑内障(glaucoma)はおよそ3%の若いマルファン患者さんに現れ、それはたいてい水晶体脱臼と結びついています。健常者と同様、高齢マルファン患者さんの中には40代を超えると緑内障(glaucoma)の可能性が増えるため、眼圧チェックを年一回、眼科医において行なうべきです{原文ではat the optician or ophthalmologist となっていますが、日本ではオプトメトリストと言う職業の人はいないので省きます}。特に、もし家系に緑内障があればなおさらです。もし視野の喪失が除々に進むのであれば、利用方法を習うのに十分な視力があるうちに視覚補助器具−拡大読書器など―についての手ほどきを受けておくべきです。例えば、手書きの代わりにタイプライターを利用するなど。大判の本や視覚障害者(partially sighted individuals)のための国立トーキング図書館(the National Talking Library)のテープやビデオが活用されるべきでしょう。

 気胸(pneumothorax:肺の外側と胸壁の内側に空気が溜まる病気)は、マルファン症の若い男性に通常みられるものですが、加齢とともに危険が増すものではありません。しかし、気管支拡張症(bronchiectasis)と肺気腫(emphysema)は肺のなかのフィブリリン(細小線維)の損傷に起因し、遺伝性のマルファンかも知れません。ですからマルファン患者さんは決してタバコを吸うべきではありません。何故なら喫煙は気管支と細気管支のエラスティン(弾性線維)を破壊し、年をとるに従って厄介な息切れ(shortness of breath)と呼吸器感染症(recurrent chest infection)を引き起こすからです{喫煙は前出のビタミンCも消費します}。

 脊柱側湾症(scoliosis)は30度の曲がりを越えると、若い年代であれば手術を要します。これは年とともに悪化し、もし手術が必要な状態になった場合は、呼吸困難を起こす肺の圧迫や知覚麻痺(anaesthetic)による困難を引き起こします。それはまた、背中からの激痛をもたらします。

 時折、泌尿器の問題(urinary problems)、たとえば腹圧性尿失禁(stress incontinence:咳をしたり笑ったりすると少量の尿をもたらすこと)が骨盤底筋群(内臓を支える筋肉)のゆるみ(laxity of the pelvic floor)によって起こることがあります。これらの問題は放置してはいけません。家庭医(general practitioner)に相談すれば親身になって相談に応じ、治療のために専門の泌尿器科医を紹介してくれるでしょう。
{骨盤底筋群を鍛えるには肛門を意識的に締める訓練をすることをお勧めします。}


この資料は Marfan association UK (英国マルファン協会)発行のブックレットを翻訳したものです。MNJは、Marfan Association UK のすべての資料の翻訳掲載に関して許可を得ています。この資料に関する著作権は Marfan Association UK に属します。
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